The others are mirrors to reflect oneself.

〝 自分 〟とは何か。

私達はそれを、他人との何らかの違いを知ることによって確認する。


当たり前の話だが、
僕は僕であって、他の人とは異なる。
あなたはあなたであって、他の人とは異なる。

人の数だけの人格、すなわち独立した個人としての、その人固有の人間性が存在する。
全ての人がそれぞれの〝自分〟を持っているというわけだ。

自分とは違う人間と接し、知ることにより、自分がどういう人間であるかを理解できる。



自分がどういう人間であるか。

私達は、自分自身についての、ある一定のイメージを持っている。

例えば自分の年齢や性別、容姿や性格、仕事や能力など、
自分自身について考えた時に、様々な事柄が心の中に描き出されるはずだ。

これは、生まれながらに持っていたわけではなく、
他の人々との関係を通して形成されたものだ。

姿カタチがあり、目に見えるもの、
例えば自分の顔や姿なんかは、鏡に映せば見る事が出来る。

それと同じように、価値観や感じ方、考え方などの目に見えないものは、
他者という「鏡」に映る。



僕たちは他者の自分に対する反応や評価を見て、自分自身を意識しイメージを形成していく。

例えば、生まれて初めて接する他者である、母親や父親。
子供は、彼らの笑顔や称賛、あるいは怒りや叱責を見て自分自身を形成していく。

そこから始まり、生きている間中ずっと周りにいる他者との関係の中で、
自分がどういう人間かを無意識に感じているはずだ。

親のもとで生まれ、さらに他人との関係、友人関係や恋愛関係、仕事での関係など、
様々な顔を持つ、「だれか」になっていく。

それををかたちづくる他人との関係は、
自分は何者であるかという問題を考える上で最も重要なところである。



また、僕が若者であるのは、老人やおじさんおばさん、子供との対比によってであるし、
男性であるのは、女性との対比によってである。

そのような対比をすることができなければ、僕がどうゆう人間であるかはなかなか説明し難い。

例えばそこに親子がいれば、
その親はその子がいるから親であるし、同様に子はその親がいるから子である。

師と弟子、先輩と後輩なども同様で、お互いのその関係性によりある一定のイメージが生まれる。

師という人間がいなくては、弟子という人間は成り立たない。

他者との関係があって、私達は初めて具体的な「だれか」になる。





他者は自分を映し出す鏡だ。

自分という人間は、他者の中にある。

他者があるから、自分がある。

ずべてが存在しているから、『 わたし 』 が存在している。


『 わたし 』とは誰か。

その答えは、他者との交わりの中にある。
by room0126 | 2011-04-23 21:14 | Writing
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