Without limit.


一定のリズム。
熱く美しいオレンジの炎。
鳴り止まない硬い騒音。

油と鉄板の焼ける臭いや、煙。
弾ける火花が、耳たぶを焦がす。


決められた動き、制限された時間の中で、男たちは規則的に動く。
押しつぶされてしまいそうなサイレンが工場中を覆い尽くすとその後、10分間は皆動きを止め休む。
その休憩時間には、社員達が、もっぱらギャンブルか愚痴をゲラゲラと笑いながら話している。
皆のそれを、笑うでもなく怒るでもなく、ただぼんやりと遠くを見ながら聞いていた。

そんな工場で働きだして、2年半が経つ。









何が起こるでもない。
毎日が全く同じように流れ、昨日も、そして明日もきっと同じだ。

皆、仕事中は、決められた作業を守り、体を絶えず動かし、それをただひたすら繰り返す。
例えるなら、筋トレとマラソンを足して2で割ったような作業。

与えられた作業は1回1.27分。
それを、サイレンとサイレンの間、つまり2時間の間繰り返す。
そしてその2時間を、1日に4回繰り返し、
その1日を1週間に5回繰り返す。
1ヶ月にそのおんなじ毎日を20回繰り返す。

本当にそれはおんなじで、例えば2週間前の金曜日も、来週の火曜日も、なんの変わり映えもしない、全くの繰り返しだった。
毎日全く同じ時間に水を飲み、同じ時間に飯を食い、同じ時間に煙草を吸う。
煙草の本数までいつも一緒だ。


与えられた仕事は、その1分ちょっとの作業だが、
それを繰り返すことも決められていることで、
気付けば1日も決まっていて、1週間、1ヶ月も同じだった。

僕は、極単純で、
何の起伏もない異様なほどに無表情な時間を、薄れた意識に覆われ過ごしていた。



夏の終わりに差し掛かり、気温もにわかに下りだしたその日も、例のごとく、の1日だ。
今日もまた、サイレンがうなり、他の音全てを押し潰す。

汚れたテーブルとパイプ椅子が置かれた、粗末な休憩所。
習慣のようにたばこに火をつけ、10分を過ごす。

18歳のユウスケが言う。

「なんかおもしろいことないっスかね~。」

これもいつものことで、彼はいつもそう言っている。


「なんにもねーよ。」

僕は答える。
これもいつものことだ。

「そーっスかねー。」
ユウスケもまたいつものように答えていた。

彼は、この状況がこの先ずっと続くとは思っていないのか、
それともそれを受け入れているのか、わからなかった。


そしてまた作業に戻り、僕はいつものように繰り返す。

何万と繰り返した短い作業を体は覚えてしまっていて、
だから、頭ではまったく別のことを考えることが可能だった。
作業中、汗だくで、体は絶え間なく動いているが頭はどこか別のところにいて、そこではぼんやりといろんなことが流れている。


僕はその、2時間1コマの時間のほとんどを何かを考えるようにして、なんとか過ごしている。
その内容は、ぼんやりとした空想が多かった。

この作業をしている時間、理由はわからないが、
不意に、忘れていた以前のことを思い出すことがよくあった。






その日も、図らずもふと頭の中に浮かんでいた。
気が付くと、その記憶の断片の端を、そっと掴んでいた。
それを離してしまわないように、ゆっくり、それをたぐり寄せていた。





『 低学年はバス通りに出てはいけません。 』


小学校の頃。

バス通り。
交通量の多い、少し大きな道のこと。
低学年の僕らは危ないから、ということで、先生はそれをよく言っていた。

今思うと、それを破って家から少し遠くへ行ったところでどうということもない。
だけど、そのころの僕は、それはそういうものなんだ、と疑いもしていなかった。
その決められた、家の近所という狭い範囲の中で遊んでいたし、それで十分だった。
そう、十分過ぎる程だった。

そのときの僕らにとって、その大きな道路のこっち側が世界の端っこだったんだ。
そのいっぱいの世界の中で、仲良しの友達と遊ぶ僕は、その外のことは知らなかった。
知らなかったんだから、そこが端っこだったんだ。

そう、“ 知らない ”ということすら知らなかった。


しかし、ある時、僕は小さな小さな自転車を進めて、たまたまその“バス通り”に出た。
東バイパスと呼ばれる、片側3車線の少し大きな道路で、実際にはバスは通っていないが、そんなことはその頃の僕にはちっとも関係なかった。

うわー、バス通りだ。
その大きな大きな道路を目の前にしたとき、沢山の車の通るその道路に目大きくして、
その、数メートルの、遥かなる向こう側の世界に憧れる僕がいた。

まだ知らない大きな世界を遠くから見ていた。
ぼんやりと、まだまだ広い世界があることを、少しだけ知った。



やがて、4年生になり、高学年の仲間入りを果たした。

僕らの小さな世界は、あのバス通りの向こう側の未知だった領域まで、ぐんと広がった。
最初は少しドキドキしながら横断したバス通りも、気付けばすっかり慣れ、それを渡る事も当たり前のことになった。

僕と4つ歳の離れた、低学年の弟がいる。
まだお前はダメ、なんて言いながら彼を残し、僕らはその向こうの大きな公園へ遊びに行った。


作業中の僕は、それを確認するようにたぐり寄せながら、記憶の中の弟に対し、少しだけ、申し訳なく思った。






“バス通り”と同じく、低学年が禁止されていたものがあった。
“ジャンボ滑り台”。
学校の校庭にある、その名の通り大きな大きな滑り台だった。

待ちわびた高学年の仲間入りを果たした僕らは、
それにはまだ登ってはいけない低学年や、もう遊び飽きた6年生なんかを尻目に、
無我夢中で登り、滑った。

鬼ごっこの途中、その滑り台の頂上で、ふと校庭に目をやった。
眼下に広がる、見慣れたはずのその眺めは非常に新鮮で、気持ちのいいものだった。



そんな新たに広がったいっぱいの世界だけど、これにもやっぱりいつのまにか慣れ、もうすぐ中学生だ。
バス通りは許されたけど、また新たに、そのちょっと外側に制限があった。

『 “校区外”に出てはいけません。 』

それが新たな決まりだった。
その頃の先生も、それをよく言っていた。





世界は広い。

きっと死ぬまで、その繰り返しだ。

それとも、いつからか狭く感じたりするんだろうか。

(もっとも、世界自体は広くもなく、狭くもないのだが。)






あの小さな自転車に、補助輪付きのそれに、僕は乗っていた。

しばらく後の僕は、補助輪を外したそれに乗り、
その後にもう少し大きな自転車に乗るようになり、
小さなエンジンを積んだバイクにまたがっていて、

気付けば自分が乗るなんて考えてもなかった車を運転していて、
あの“バス通り”を走ったりしている。

間違いなく、世界は急速に、どんどん広がっていった。



あの小さな自転車にまたがり、まだ見ぬ世界に想像を膨らませていた僕が、
今、日本の真ん中で、アパートの一部屋を借りて、独りで暮らしている。
気が付けば、火災保険やら健康保険やら、国民年金やらも支払っている。

とにかく、有り難くも、あの頃から、僕の時間は途切れずに続いている。


信じられないぐらいに、限りなく世界は広がった。

あの時の僕から見れば間違いなくそう見えるだろう。




そんな今、無限大の世界にいる僕の生活にふと目をやってみた。


だがどうだ。

僕は、今の、この状況を見て愕然とした。

永遠にも思える、暗く、絶望的な生活。


楽しくもなく、悲しくもない。

ただただ流れる、無表情な時間。


まるで、色褪せた繰り返しの映像を見てるみたいだ。

その映像に閉じ込められた僕は、思い出していた。



あの頃の、小学生だった僕の世界。

光に満ちて、広い広い、無限の世界。


僕は、

言葉を失くしていた。








僕は自由だ。
何の制限もない。
ここまで歩いてきたのは、他ならぬ、僕自身だ。

どこへだって行けるし、なんだって出来る。
そうだ、どこへでも行ける。

違うか?

違わない。




僕は、見失っていたみたいだ。

誰もが想う、越えたいと思う境界線。

その向こう側の世界への憧れ。


僕は、見失っていたみたいだ。

かつて、この目でしっかりと捉えていたはずのそれを。





夜中、3時55分、いつものようにまたサイレンがうなる。
10分休憩。
まわりはいつもの景色。
男たちがギャンブルの話で盛り上がっている。


「なんか面白いことないっスかね~?」

ユウスケが言う。いつものように。


「んー、どうだろーね。」


「あれ・・・、なんか見つけたんすか?おもしろいこと。」






休憩所に溜まった、真っ白な煙の向こうを見ていた。

光が眩しい。

目を少し細める。


薄暗く、じめっとした重苦しい空気の、

その向こうから光が射す。


その手前には、うっすらと、何かの境界線のようなものがぼんやり見える。




僕の目の前には、


あの時、子供の時に見た、大きな大きな道路が浮かび上がっていた。
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by room0126 | 2008-07-17 02:58 | Writing
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